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学生の声
永島 杏紗さん 永島 杏紗さん

コロンビア大学 

永島 杏紗
パサディナシティーカレッジ 2005年入学/2007年卒
ピッツバーグ大学 2007年編入学/2009年卒 
コロンビア大学 大学院課程 2009年入学
専攻:社会福祉学 
2004年度生 常葉学園菊川高等学校(静岡県) 出身

コロンビア大学への出願

 留学中に『私はこれがしたい!』という事柄を発見できた者は、留学の成功者であろう。私は、アメリカへ渡って5年目にしてようやくこれがしたい!というものに出会った。それは国際公務員として国際機関で難民支援をするという事だ。留学当初から、留学している間に一度はニューヨークに住んでみたいという希望があり、今回晴れてその夢が叶ったのだ。コロンビア大学大学院への進学は、私の留学生活を締めくくる最高の場所であると思う。
 Ivy League (アイビーリーグ)とは、歴史そして学術ともに優れたアメリカの教育機関の最高峰である。その8校の中の一校がコロンビア大学である。私が今回合格したのはコロンビア大学大学院、ソーシャルワーク学部というアメリカで最も古いソーシャルワークプログラムである。この大学院出願の際、既にソーシャルワークの学士号をピッツバーグ大学で取得していた私は、1年間プログラムへの入学許可が認められた。今回は、どういった経緯で私がコロンビア大学大学院へ出願を決めたのか、ということに焦点を絞って書き出してみる。
 私が大学院への進学を決意したのは、大学4年時の1学期が終了した夏頃であった。周りと比べると少し遅いスタートにはなったのだが、出願準備期間が半年あったため、それほど焦ることなく準備に取りかかることがきた。
 出願校を決めるにあたり、私は以下の三つの条件を掲げた。1)専攻分野での知名度 2)環境/立地条件 3)学校の知名度 これら三つの条件を満たす学校は三校あったのだが、その中から私は唯一コロンビア大学一校に絞り、出願書類の作成に取りかかった。なぜ1校のみ出願をしたのかというと、単純に私の答えは」『コロンビア大学は自分の求めているものを100%満たす学校であると考えたから。』である。ほかにも数多くのすばらしい学校があるのだが、私が興味のある国際ソーシャルワークを学ぶにあたり、ニューヨークとゆう土地柄も含め、大学院進学の決断に大きく影響を及ぼした事は言うまでもない。

 冒頭でも述べたように、大学院選択の際に重要になるのは、自分が大学院で何を学び、それをどのように職業につなげてゆくのか、という明確な目的を自分自身が把握しているということである。米国では日本よりも高い専門性を個人に求められるので、自分のやりたい事が曖昧ではどんなに勉強が得意でも結果としてついてこない。大学院進学までにじっくりと自分の方向性を定め、どのように大学院で学んだ事が職業に繋がっていくのかという事をしっかりと把握しておくと良いだろう。
方向性を定める為に、インターンシップやボランティア等を通じて実際に興味のある仕事を体験してみるといいだろう。私の大学では、4年時に授業の一環として9ヶ月間のインターンシップが組み込まれている。この9ヶ月に及ぶ職業体験は、私は大学院進学を決定づける衝撃的な経験となった。


難民支援団体にて9ヶ月間のインターンシップ

そもそもどうして大学院への進学を決断したのかというと、大学4年時に体験した9ヶ月間の難民支援団体でのインターンシップを通して、国際ソーシャルワーカーの魅力に取り憑かれ、より自分の専門性を高めたいと思ったからである。
 このインターンシップを通じて私は『難民』に出会った。以前から難民という言葉を耳にしたことはあったのだが、彼らがどのような理由で自国を去らざるを得なかったのか等の詳しい難民事情については全く知らなかった。難民とふれ合い、彼らの生き様を知った時に胸が張り裂けそうになったが、それと同時に自分がどれほど小さな世界で生きてきたか、とうことに改めて気づかされた。難民支援をする上で地域が抱える数多くの問題を目の当たりにしたことで、より一層難民支援への関心が深まっていった。インターンシップを通じて難民支援という仕事に出会い、そこで働く人々や難民に心動かされながら、国際ソーシャルワーカーとしての役割を確実に見い出す事ができた9ヶ月間であったことは言うまでもない。

これから大学院進学を考えている皆さんへ

Ivy Leagueというとなんだか高嶺の花のような存在のように思われがちですが、もしも留学中に大学院進学という選択肢が皆さんの中に出てくる事があれば、Ivy Leagueへの出願も検討してみてはどうでしょう。国内外から集まってくるトップクラスの学生と素晴らしい教授陣に囲まれて勉強する事で、自分の将来の可能性を高める事ができるはずです。

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山本晋平さん

インディアナ大学ブルーミントン校

山本 晋平
サウスイーストミズーリ州立大学 2004年入学/2007年卒
インディアナ大学ブルーミントン校 大学院2008年入学
専攻:公共政策・環境学
2004年度生 静岡県立浜松北高等学校 出身

アメリカでの生活は?

2004年渡米して、この春でアメリカ生活も6年目になりました。サウスイーストミズーリ州立大学を卒業し、現在はインディアナ大学の大学院にて公共政策および環境学について学んでいます。公共政策、環境学、どちらの分野もオバマ政権が掲げるグリーンニューディール政策などの影響で今非常に注目されていますし、クラスでも現在のアメリカの状況が議論されたりと非常に充実した日々を送っています。卒業後はアメリカに残り政府や企業がどのように環境問題に取り組んでいくかについて関わっていければいいなと考えています。JAACのスタッフの皆さんには留学の準備から大変お世話になってきました。JAACアドバイザーのMr. PitmanとはSEMOを卒業して2年が経つ今でも連絡を取り合い、困ったことがあれば気軽に聞ける友人兼アドバイザーとして良くしてもらっています。留学は自分の成長にとって確かにプラスになっているので、ぜひお試しください。

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早田 彩乃さん 

サウスイーストミズーリ州立大学

早田 彩乃
専攻:心理学・コミュニケーション学
2007年度生 滋賀県立膳所高校 出身

アメリカでの生活は?

「なんとなく未知の可能性がいっぱい発掘できそうな気がする!」
私のアメリカ留学への印象はこんな感じでした。

同学年の友人たちと同じように大学受験を経験しましたが、卒業直前の2月に留学を考え始め、同年3月に決定しました。大学の学校説明会や受験会場では、常に「私は本当にここに行きたいのだろうか…。」という疑問がついてまわっていました。受験後も合格した大学に進学するべきかどうなのかは少なからず迷っていましたが、今年の8月でアメリカに渡って2年、やっぱり日本の大学へ行っておけばよかったんじゃないか、と思ったことは一度もありません。

アメリカの大学が魅力に感じた理由の一つは、専攻が入学後に自由に決められることでした。小さい頃から臨床心理分野に興味があり、大学では何があってもその分野を学びたいと思っていましたが、SEMOの一般教養で学んだスピーチにとても興味がわき、今は心理学とコミュニケーション学を専攻(ダブルメジャー)としています。

アメリカの大学に進学を決めたもうひとつの大きな理由は、専攻以外のクラスも自由に取れるということでした。小さい頃からピアノをやっていた私にとって、普通大か音大かという選択は厳しいものでした。アメリカではこのような“白か黒か”のような選択を迫られることなく、自分の可能性をどんどん伸ばしていけるので、いつも「次は何ができるのかな!」と日々が期待の連続です。ピアノも副専攻として個別レッスンをとり、昨年秋にはミズーリ州のコンクールに出場し、Runner-up(2位)を受賞させていただくことができました。他にも、人手足らずから断り切れずに入ったJazzのバンドでも、今まで自分が知らなかった世界を知ることができたり、心理学の生徒のためのパネルディスカッションで日本代表として話をすることになったりと、アメリカならではの体験がたくさんできることに、日々充実を感じています。自分が積極的になればなるほど、チャンスというものが思いもかけないところから突然ふってくる国なんだな、と実感しています。

本当に大事なことは、『どこにいるか(where you are)』ではなく、『与えられた環境で自分がなにをするか(what you do)』ということだと信じていますが、自分自身の可能性を信じて自分を〈がんばれる〉状況に置いてあげることも同じように必要なことなのだと思います。こちらでの生活は口が裂けても楽だとは言えませんが、だからこそ得られるものもとても大きいのだと思います。まだまだ自分も知らないたくさんの可能性を秘めたみなさん、自分の力を信じてどんどん前進していってください。

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川合 英さん

イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校

川合 英
サウスイーストミズーリ州立大学 2006年入学
イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校 2008年編入
専攻:広告学
2006年度生 静岡県立浜松北高等学校 出身

留学しようと思ったきっかけは?

 私が留学を決意したのは高校3年の夏でした。当初は日本の大学を受ける予定だったのでセンター試験の準備にとりかかっていました。しかし、日本の大学では入学前に専攻を決めねばならず、当時の自分はまだ学びたいことが漠然としていたため、このシステムに、また詰め込み式の教育体質自体にも疑問を感じました。その点アメリカの大学では専攻課程に入る前に一般教養をとることができるので、専攻を決めるまでにある程度の時間があり、自分の特性をより見極めながら判断を下すことができると思いました。また専攻を変えることも比較的簡単で、日本に比べ、アメリカの大学の柔軟なシステムにより魅力を感じました。2つ目の大きな理由はやはり英語をのばしたいということでした。中学から高校まで計6年間も学びましたが、実際のコミュニケーションを英語を使ってできるかといわれると全くでした。教科としてもともと好きだったので学んだことをさらに生かしたいと思いました。また今のグローバル化する社会の中で、実際にいろいろな文化に触れるということはとても大事なことだとも思いました。(実際には他の人と違うことをしたいという変な願望も多いに働いていたと思いますが。)

アメリカでの生活は?

 私は、3年時になるときに転学したので、2つの違う大学を経験しています。今の大学は以前在籍していた大学に比べ規模が大きく、キャンパス自体の大きさも3〜4倍ほどあるかもしれません。図書館も4つほどあり、そのうちの一つは月曜から金曜日まで24時間開いています。
川合 英さんキャンパス内にはレストラン、喫茶、雑貨店、またアパレルショップなどがあり、車がなくても公共のバスが走っているので、特に生活には困りません。かなり稀なケースになってしまうかもしれませんが、キャンパス内の様々な施設でワイヤレスネットワークが利用でき非常に便利です。学業に関しては、私は最初の大学では主に教養課程、今の大学で専攻課程を履修しているので、一概には比較できませんが、今の大学の方が生徒数も断然多いことから、授業の規模も大きく、クラスによっては何百人の生徒と同時に講堂でレクチャーを受けるということもあります。

 その点、より規模の小さい前の大学では、講義も少人数制が基本なので、生徒と教えるものの距離が近く、学ぶ上では環境がいいといえるかもしれません。ただ今の大学でもこのような小規模のクラスも履修することができ、クラスの規模は、学部によってまちまちです。一番困ることは、ペーパーを提出する際の添削に、アメリカの大学ではライティングセンターを利用することが一般的だと思われますが、毎回予約をとらなければいけないことです。宿題などは一度に幾つかを同時進行していくので、なかなかいつ終わるか予想がたてづらく、また提出間際になって予約を取ろうとすると全て埋まっているということもあります。前の大学では、図書館に立ち寄れば基本すぐに添削してもらえていたので、この違いには当初戸惑いました。今学期は、前の大学でお世話になったJAACのアドバイザーのライマンさんに、ペーパーがあるごとに、メールを通して添削を依頼しています。現在、私は広告学部に在籍しており、リサーチからPR、クリエイティブに至るまで幅広い範囲で広告についての勉強をしています。

留学を通して学んだこと

 月並みな感想ですが、やはり留学を通して様々な文化に触れたことは自分を大きく成長させてくれたと思います。肌の色、文化、言語が違っても結局は同じ人間だということに当たり前ながら気づかされることが何度となくありました。異文化に触れることで、自国の文化、歴史に対する興味も高められ、それを理解することが今後のグローバル化する社会の中でどれだけ大切なことかも認識することができました。同時に、様々な価値観に触れたことで、物事をより柔軟に、客観的に、また多方面からみることができるようになったとも思います。端的に言えば、“考える力”がついたと思います。  それもアメリカという様々な人種が共存する国で学ぶことができたからだと思いますし、単一民族国家の日本ではなかなか経験しづらいことだと思います。(最近ではより海外出身者をみるようになったとは思いますが。)世界共通語としての英語の大切さも留学を通して学んだことの一つです。まだまだ到底満足できるレベルではありませんが、英語が上達すればするほど、人との出会いをより豊かなものにすることができると思います。また、ここまで頑張ってくることができたのは、家族の支え、JAACの方々の支援、友人たちの励み、ホストファミリーを始め、アメリカで出会った全ての人たちとの出会いがあってのことだということ、そういった感謝の気持ちを忘れないで、卒業までの大学生活を送りたいと思います。

留学を考えている人へのメッセージ

 上述したように、留学には日本では味わえない様々な魅力があります。ですが、当然ながら憂慮すべき点も色々あります。家族になかなかあえなくなるということ、費用も日本の大学に比べかかるかもしれません。また英語をのばそうと思えば、今ではインターネットを使えば、簡単に生の英語を聞くことができます。アルバイトなども日本の大学ならばより簡単に、自分に見合った職種でできるかもしれません。ですが、自分は、留学を通してより価値のあるものを学ぶことができたと思いますし、自分の決断は間違っていなかったと自信をもって言えます。もし今留学について悩んでいるのであれば、もう一度、自分の決断にどれだけ自信が持てるか、自分自身に聞いてみることが大事だと思います。

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本橋拓也さん 本橋拓也さん

サウスイーストミズーリ州立大学

本橋 拓也
専攻:ファイナンス学
2006年度生 静岡県立浜松北高等学校 出身
 三年前の春に僕はアメリカに来ました。主な理由は日本の外の世界を知りたかった、そして正直に言うと、日本人一般に対する意識が自分の中で少しずつ悪くなっていたからです。具体的な話をすると長くなるのですが、高校三年間お世話になったイギリス、カナダ出身のALT(アシスタント ランゲージ ティーチャー)の先生方と関わっていくうちに彼女達の奔放な性格というか、それから派生する自分達の目標に対するモチベーションの高さにどんどん惹かれていった自分がいました。その反動と勝手な持論を展開して日本人の、時に極端に見えた集団を重要視する社会性など諸々を口に出さずとも責め続けて自分が約18年間生きてきた日本に対するイメージは今からは思い出せないほどでした。
 僕には同時期に渡米した日本人の友達が10人超います。渡米した直後から大学を始めた頃までは彼らの本当に一部としか関わらないような生活でした。まだ英語にも新しい環境での生活にも慣れていなく時に挫けそうになりながらも自分を叱咤しながらの毎日でした。今だからこそ言えるのですが日本人ともいい関係を築きながら、アメリカ人または他国からの留学生ともバランス良く交流していた彼らの中の数人を見ながら羨ましくも思っていました。
 留学生というのは決して楽な役回りではありません。大学のクラスでは主に言語の壁によって重宝されるような存在ではないし、私生活に至っても文化の違いから三年たった今でも驚かされることもあるほど順応しきるには難しいです。僕にとって一番苦しかった大学生生活1年目から2年目にかけてはそれが顕著で、何度も弱音を吐きました。その時にいつでも僕のそばにいてくれて励ましてくれたのは僕が嫌っていたはずの日本人の友達でした。
 日本人嫌いが理由で渡米して日本人の温かさに気づかされる、なんて恥ずかしい話ですが、今は彼らがいてくれて本当によかったと思っています。一年間、留学生交流会の会長も勤めさせてもらい、他国からの留学生、それからもちろんアメリカ人との関係もいいものが築けました。今年の秋から僕は4年生になるので勉強、そして就職に関して時間を割くことが多くなりますが特に1、2年目に築いた関係は忙しい中でも保っていきたいと思っています。
アメリカにはあなたが自分を見失わない限り必ず受け入れてくれる場所があります。これは日本にそういう場所がないというわけではないのですが、僕自身、アメリカでの生活、様々な人種、国籍の人たちとの関係を通じて自分に対する可能性を日本にいた頃より高く感じられるようになり、日本にいた頃より精神的に落ち着いている自分に気づきます。
 一生に一度の大学生活なのなら、その時にできる最高の選択の一つとして、僕はアメリカをお勧めします。

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三橋 茉李子さん

カリフォルニア大学ロサンゼルス校

三橋 茉李子
ゴールデンウエストカレッジ 2004年入学
カリフォルニア大学ロサンゼルス校 2006年編入 / 同校 2008年卒業
専攻:心理学
2004年度生 徳島文理高校 出身

1)UCLAでの大学生活の様子

 UCLAでの大学生活は、大変ながらもすごく充実したものでした。やはり編入直後は、短大のセメスター制(1学期16週間)からクオーター制(1学期10週間)への転換になかなか慣れることが出来ず、結構苦労しました。短大と比べて宿題の量が半端ではないし、テストのレベルも全然違うし…。短大時代の勉強方法が通じず、落ち込むことも多々ありましたし、中間試験や期末試験の時期には、24時間オープンの図書館で夜を明けることも少なくありませんでした。図書館にはソファー(仮眠用?)がたくさんあり、期末試験期間には無料でコーヒーをもらえたりもするんです。さすがアメリカの大学って感じですよね!?図書館から朝帰りをする度に、「私ってUCLAの学生なんだぁ〜」と改めて実感していました。でも、一生懸命頑張って勉強した後の達成感は本当に素晴らしい!テスト終了直後のあの開放感は、今でも忘れられません。UCLAの学生って真面目な人ばかりなのかと思いきや、実はそうでもないのです。テストが終わればパーティー三昧、期末試験の週には、恒例の「Undie Run」という下着だけでキャンパスを走り回るイベントだってあります。(ちなみに私も1度だけ卒業記念に参加したことがあります…。)UCLAの学生は、きちんとけじめをつけることができる人が多いなぁと思いました。「やる時はやる、遊ぶ時は思いっきり遊ぶ」これがUCLAで成功する秘訣なのかもしれません。

三橋 茉李子さん

三橋 茉李子さん
 勉強には随分苦労しながらも、せっかくの大学生活をエンジョイしようと、好奇心旺盛な私は色々な体験をしました。例えば、誰もが1度は憧れる寮生活。3人で1部屋をシェアするという正にアメリカ式の大学生活を、1年間経験しました。私の寮には各部屋にバスルームが付いており、寮の周りにはバイキング式のカフェテリア、スタディーラウンジ、コンピュータールーム、テニスコート、プール等何でもあり、本当に便利でした。日本人はプライベートを重視するせいか、寮の住人はほとんどアメリカ人だったので、良い英語の勉強にもなりました。時には皆で一緒にご飯を食べたり、スポーツ観戦に行ったり、ハロウィーン等のイベントを行ったり…。何もかもすごく楽しかったです。また、大学の「Parking Services」でカスタマーサービスのバイトをしたり、コーラスや交響バンドに入ったり、タップダンスや民族ダンス(インド、タイ、アフリカ)、民族楽器(韓国)のクラスを取ってパフォーマンスに出たり…。特に、コーラスでは中国ツアーに参加し、北京と上海でのコンサートにも出ました。「よくそんなに色々できるね。いつ勉強しているの?」とみんなに言われるほど多忙な毎日でしたが、本当に楽しくてあっという間の2年間でした。辛い勉強も、素晴らしい仲間とこのように打ち込めることがあったからこそ乗り越えられたのではないでしょうか。

2)学んだ学問分野について

 私は、心理学専攻としてUCLAに編入しました。UCLAの心理学部は世界的にも有名で、クラスの数がすごく充実していました。アメリカでは、大学での心理学は基本的に一般心理学なので、様々な分野の心理学を勉強しなければなりません。私も、発達心理学、社会心理学、認知心理学、異常心理学など、多岐に渡って勉強しました。さらに、統計学やリサーチの方法を学ぶクラスも取りました。どれも授業内容は興味深いものの、やはり膨大な量のリーディングとペーパーに悪戦苦闘しました。ディスカッションやプレゼンテーションも当たり前で、アメリカの大学は意見を求められる機会が多いなぁといつも痛感していました。特に、リサーチのクラスでは、実際にグループで実験をしてその結果に基づいてリサーチペーパーを書くという大きな課題があり、グループの人達と毎晩のように図書館で集まっていました。最初は本当に大変でしたが、意見を言い合うことで理解が深まり、親睦も深まることを学びました。彼らとは、卒業した今でも連絡を取り合っています。また授業以外にも、研究を進めている大学院生のリサーチアシスタントとして、データの収集や分析など、実践的な経験も積みました。

 私は、副専攻としてTESL(Teaching English as a Second Language=英語教授法)も学びました。割と小さなプログラムで生徒も15人ぐらいしかおらず、どの教授も生徒全員の名前を把握しているような、アットホームな感じのクラスばかりでした。心理学に比べてクラスの数は少ないですが、グラマー、リーディング、ライティング、リスニング、スピーキングと、様々な分野の効果的な教授法を勉強しました。やはりリーディング、ペーパー、ディスカッションが多くて大変でしたが、自分自身が英語を第2言語として勉強した経験を生かしながら、楽しく学ぶことができました。また、先生になった気分でレッスンプランを作ったり、クラスで模擬レッスンをしてみたり、さらには、実際のESLのクラスで授業見学や先生のお手伝いをしたりなど、教育実習的な経験もたくさんしました。時には自分のレッスン風景をビデオに撮られ、それを見て反省文を書かされたりもしました。このような実践的トレーニングは、将来絶対に役に立つだろうと思います。

※三橋さんはUCLA在学中、副専攻で学んだTESLをさらに深く勉強する為、2009年秋より大学院過程に進学されます。

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牛嶋 雄哉さん 牛嶋 雄哉さん

ウィスコンシン大学マディソン校 

牛嶋 雄哉
サウスイーストミズーリ州立大学 2008年入学
ウィスコンシン大学マディソン校 2009年編入
専攻:経済学
2008年度生 大阪府立八尾高等学校 出身
 サウスイーストミズーリ州立大学(SEMO)での生活は、月並みな表現ですが、大変充実していました。最初の学期は宿題をこなすことと生活に慣れることで精いっぱいで、他の学生と遊ぶことは少なかったです。5月中旬からの夏休みは、12単位ものクラスを取り、前の学期を上回る宿題やテスト勉強に追われました。が、友達も増え、生活の面でも充実し、それが支えにもなりました。夏の授業後、1か月弱の本当の夏休みを終えた後、秋学期が始まりました。この学期ではMyersという寮に入り(ちなみに前はTowers)、ルームメイトやフロアメイト(同じフロアに住んでいる人)と仲良くなりました。彼らはアメリカ人でしたが、彼らも含め、僕が接してきたアメリカ人はみな日本人に対する変な偏見もなく、むしろ困っていたりすると好意的に助けてくれました。あるとすれば、顔を見てもアジア人の識別ができないということぐらいですかね(笑) 秋学期後の1か月の冬休みは日本に帰国し、約1年ぶりの日本を堪能しました。その後の冬学期、SEMOでの最後の4ヶ月では、同じ寮、同じメンバーで、日本人より外向的な彼らと過ごし、それは大切な、大切な想い出をなりました。もちろん、日本人の先輩・後輩、同期とも楽しい、楽しい生活を共有しました。その分、他の大学への転校という形での別れは、悲しいものになってしまいましたが。次の大学では、資源と経済について学び、できれば大学院にも進学して、将来は資源を取り扱う貿易関係の仕事に就きたいと考えています。

牛嶋 雄哉さん 僕と同様、渡航前から転校をしようと考えているSEMO生は少なからずいます。しかし、その手順の煩雑さもあって、同大学に留まる生徒が圧倒的です。3年生から転校する際、僕が調べた限りではどの学校でも申込書の他に、自己アピール文、大学の成績書・高校の英文成績書、残り2年の授業料を負担できる額がある銀行の預金残高書は最低必要です。最初の2つは自分でできるのですが、後の2つは日本にいる親にお願いして、発行・郵送してもらいました。その作業は大学の授業とも並行しているので、忙しさは倍増、親にも手数を掛けました。そんな中、転校を成功させる上で大事だと感じたことは、何と言っても大学での成績です。GPAと呼ばれる4段階の大学の評価によって大概の転校の合否は決まります。より難関な大学を目指すには、それに加えて、ボランティア活動や高校時代の活動も要因の一つとなってきます。僕が個人的に気にしていた、有名ではない大学から有名な大学への編入に差し支えはないのかも、この3点が高評価であればほとんど問題ないんだということも、こうして結果が出た今、わかりました。

 今日本の大学進学か留学かで悩んでいる人々が多くいらっしゃると思います。そんな方々へ、最後に2つ助言をさせてください。一つは、情報収集の大切さです。日本/海外大学の違い、留学機関のメリットデメリット等についてできるだけ多くの「生の情報」を手に入れてください。そしてそれらを自分のやりたいことと照らし合わせて、”正しい答え”を導いてください。これを怠ると後悔してしまう道を選んでしまう可能性が高くなりますので。もう一つは、自分自身の気持ちの強さです。高校卒業後の進路というのはあなたの将来性を決めるという点で重要だと思います。しかしながら、いくら環境が変わろうとも、大事なことは結局自分自身の気持ちなのです。どんなに劣悪な環境にいても輝いている人はいて、逆に、誰もが羨む環境にいても、輝けない人はいます。明確な目的を持たずにふらふらしている人はどこに行こうが結果は同じになるような気がします。まずは自分の目的が何かを自覚し、それを達成するには何をすべきかを考え、その信念を忘れることなく、一歩進んでいただければと思います。自分の目的が見つからない人でも、それをどこでなら見つけやすそうかと考えてみてはいかがでしょうか。長い文章を最後まで読んでくださってありがとうございました。あなたの人生に幸多からん事願い申し上げます。

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森上 明日香さん

ファッション・インスティテュート・オブ・デザイン・アンド・マーチャンダイジング(FIDM)
2006年編入

森上 明日香
サンタアナカレッジ 2004年入学
FIDM2006年編入
同大学卒業 2008年
2004年度生 西遠女子学園高校 (静岡県) 出身
 私が学んだFIDM(ファッション・インスティテュート・オブ・デザイン・アンド・マーチャンダイジング)はパリスヒルトンやブリトニーといった世界のセレブリティーが集まるビバリーヒルズのロバートソン通りに程近く、ファッション産業界において著名人を数多く輩出しているファッションデザイン専門大学です。最近はアメリカの若い世代に人気のザ・ヒルズというドラマにも登場するなどアメリカの中でも憧れる学生が多く、注目を集めています。またビバリーヒルズ、ハリウッドに代表されるLA、その周辺都市は世界のトレンド発祥地としても知られており、ファッションデザイナーを目指す私にとって最適な環境とも言えるでしょう。高校生の頃からアートやデザインに興味がありましたが、FIDMで学んだ事は、その漠然とした夢を具現化する第1歩となりました。

正直なところ渡航前、英語力にはかなり不安がありました。でも現地で生活を始め、楽しみながら学んでいるうちにいつの間にか大学の授業に困らないレベルに達していました。困った時、迷った時はいつでもJAACが助けてくれるという安心感があったからこそ、ここまで挫折することなくこれたのかもしれません。留学して “何事にも前向きな姿勢と志があれば人生なんとかなる”そんな生きることを楽しみ、常に挑戦するポジティブな思考、そしてとにかくやってみようとする行動力が自分の中に育ったと思います。

以前、JAACのオフィスで、現在パリコレ等で活躍している先輩のお話を聞きました。世界的に有名なメークアップアーティストであるパック・マグラス先生のチームスタッフとしてスーパーモデル達のメークを手がけているそうです。才能と努力が要求される厳しい世界ですが、私もパリコレを目指して頑張りたいと思います。

※森上さんは現在ロサンゼルス近郊のアパレルメーカーでOPT(企業内研修)をしています。

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